Sato Fujiwara

Q1. 「こたえのない学校」という名前にはどんな思いがありますか?

A. 自分自身、学校では「こたえのあること」ばかり学んできたけど、社会に出てみたら、「こたえのないこと」ばかりだなぁ、 だったら「こたえのない学校」もいいんじゃない?と思って、名前をつけました。その時にはそれほど深くは考えていません でしたが、今スタッフ間でも、「それはこたえがあるんじゃない?」「それはこたえがないね」などと言いながらプログラムを 作っていますので、この名前にしてよかったな、と思っています。

Q2. インタビューをして、どんな面白いアメリカの先生と出会いましたか。

A. 教育区で高い地位についている先生やベテランの先生などにもお話しを伺いましたが、面白かったのが、地元のコミュ ニティカレッジで教職の授業を取った時のクラスメイトとの雑談やディスカッションです。
コミュニティカレッジといえば、入学 は決して難しくなく、地元の公立校の先生になりたい若い学生や、代理教師・ボランティア等で教育に関わった経験をもと に正式な教師になりたい人、ビジネスなどの他領域からキャリアチェンジしたい人などが集まっているのですが、教育に かける想いは本当に熱く、日本の先生と変わりありませんでした。自分がなぜ先生になりたかったのか、どんな子ども だったのかというエピソードを共有したり、どんな先生になりたいかみたいな話をたくさんしたのが、よい思い出です。

 Q3. どうして教育の事業を始めようと考えましたか?始めるにあたってどの様なチャレンジがありましたか?

A. 

具体的なきっかけは、娘の通っていた保育園の父母会長にじゃんけんとあみだくじで負けてなってしまったことです。その時に子どもに対して色々活動することに喜びを見出すようになりました。そんな時に自分の出来ることから、と始めたのが今の活動です。始める時は私は起業経験がなかったので、やはり不安でした。生徒さんが集まらない会などがあると心細くなったものです。メンバーも含め、みんなに支えてもらえたからここまでこれたのだと思います。

 

Q4. お母さんになっていなくても、いまの教育事業を始めていたと思われますか?

A. してたかもしれないし、してないかもしれないですね。
実は私のこどものころの夢は先生になることでした。
近所の子を家に呼んで、寺子屋みたいなことをごっこ遊びとしてよくしていました。でも、大きくなるにつれて、 授業や先生に憧れを感じなくなったり、学生時代に塾の講師をして集団授業は自分に合わないと思い知った りで、そんなことも忘れていました。
今になって思えば、そういう小さなころのことや、子どもに恵まれず悩んで いたことなどが繋がってきますが、それこそ人生には答えがないので、そこが面白いところだと思います。

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